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万葉集 第16巻 3821番歌/作者・原文・時代・歌・訳

万葉集読解・・・245(3874~3884番歌) 3874  射ゆ鹿を認ぐ川辺のにこ草の身の若かへにさ寝し子らはも       (所射鹿乎 認河邊之 和草 身若可倍尓 佐宿之兒等波母)  「射ゆ鹿を」は「射られた鹿を」という意味で、「認(つな)ぐ」は「跡を追っていって」という意味。「にこ草」は3370番歌に「あしがりの箱根の嶺ろのにこ草の花つ妻なれや紐解かず寝む」とある。「~にこ草の」が「花つ妻」を導く序歌に使われている。「やわらかい」ないし「初々しい」という意味。本歌も同様と見てよいだろう。「~にこ草の」は「身の若かへに」(にこ草のように若い)を導く序歌。  「射られた鹿の跡を追っていったら川辺にやわらかいにこ草が生えていた。そのにこ草のような若くやわらかいあの子と寝たのが忘れられない」という歌である。. 長歌は用語の解説を最小限にとどめる。「琴酒を」は全く例がなく、枕詞(?)。「押垂(おしてる)小野ゆ」はどこの小野か未詳。「ぬるくは出でず」は次句の「寒水の」を修飾。が、「寒水の」はこのままで足りており、わざわざ「ぬるくは出でず」とする意味が分からない。酒が押し出されてくるという表現に合わせたか?。「心もけやに」は「すがすがしく」という意味。「色げせる」は「色美しい」。「我がうなげる」は「私が首にかけている」という意味。不思議な歌である。笠と玉 を交換する意味なり寓意が分からない。.

頭注に「豊前國(とよのみちのくちのくに)の白水郎(あま)の歌一首」とある。 3876  豊国の企救の池なる菱の末を摘むとや妹がみ袖濡れけむ       (豊國 企玖乃池奈流 菱之宇礼乎 採跡也妹之 御袖所沾計武)  「豊国の企救(きく)の池」は「福岡県北九州市小倉にあった池」とされるが所在不詳。「菱の末(うれ)を」の菱はヒシ科の一年生水草。夏、堅果を結ぶ。食用。末(うれ)は先端部分。 「豊国の企救(きく)の池に浮かぶ菱の実を摘み取ろうとして。お嬢さんの袖は濡れただろうか」という歌である。    頭注に「豊後國(とよのみちのしりのくに)の白水郎(あま)の歌一首」とある。 3877  紅に染めてし衣雨降りてにほひはすともうつろはめやも       (紅尓 染而之衣 雨零而 うまし物 いづくも飽かじを 坂門らが 角のふくれに しぐひあひにけり 移波米也毛)  豊後国は大分県を指す。「にほひはすとも」は「あざやかに染まることはあっても」という意味。  「くれない(紅)に染まった着物、雨が降っていっそうあざやかに映えることはあっても、決して色あせるものですか」という歌である。.

頭注に「能登國(のとのくに)の歌三首」とある。 3878番長歌   はしたての 熊来のやらに 新羅斧 落し入れ わし かけてかけて な泣かしそね 浮き出づるやと見む わし       (堦楯 熊来乃夜良尓 新羅斧 堕入 和之 河毛悌河毛悌 勿鳴為曽弥 浮出流夜登将見 和之). 長歌は用語の解説を最小限にとどめる。「はしたての」は枕詞。「熊来(くまき)のやらに」の熊来は石川県旧熊木村。現在は七尾市に属す。「やら」は海底のこと。新羅斧は新羅製の斧。朝鮮半島製か新羅人製かこれだけでは不明。「わし」は囃(はや)し声。「ほら」とか「よいしょ」といった。 「かけてかけて」は「気になって」という意味。.

頭注に「越中國(こしのみちのなかのくに)の歌四首」とある。越中國は現在の富山県。 3881  大野路は繁道森路繁くとも君し通はば道は広けむ       (大野路者 繁道森径 之氣久登毛 君志通者 径者廣計武)  大野は富山県砺波市福岡で、そこに大野という字があったという。  「大野路は木立の多い森道だ。が、そんな道もあなた様が通っておいでになれば広がるでしょう」という歌である。.

万葉集読解・・・244(3855~3873番歌)  頭注に「高宮王(たかみやのおほきみ)が種々の物を詠んだ歌二首」とある。 3855  皀莢に延ひおほとれる屎葛絶ゆることなく宮仕へせむ       (皀莢尓 延於保登礼流 屎葛 絶事無 宮将為)  皀莢(さうけふ)はサイカチのこと。マメ科の落葉高木。長い莢(さや)を付ける。「延(は)ひおほとれる」は「這い広がる」ないし「這いまつわる」という意味。屎葛(くそかづら)はヘクソカズラのことで、長く延びる蔓草。  「サイカチに這いまつわるヘソカズラのように絶えることなく、宮仕えしたいものだ」という歌である。. 頭注に「夫君を恋う歌一首」とある。 3857  飯食めど うまくもあらず 行き行けど 安くもあらず あかねさす 君が心し 忘れかねつも       (飯喫騰 味母不在 雖行徃 安久毛不有 赤根佐須 君之情志 忘可祢津藻)  本歌は五七七五七七の形の旋頭歌。第三句の原文は「雖行徃」。「行き行けど」としか読めない。が、「岩波大系本」は補注を設けて詳細に論じ、中国文献等の一例に「食不甘味寝不安席」とあるのを挙げて「寝ぬれども」の誤りとしている。非常に魅力的な説である。が、原文通り「行き行けど」で意味が通らないかと言えば、そうではない。原文尊重の趣旨から「行き行けど」としておきたい。「あかねさす」は枕詞。「君が心し」は強意の{し  「食事をしてもうまくなく、行ったり来たりしても落ち着かない。あかねさすあなたの心が忘れられません」という歌である。  左注に大略こうある。「佐為王(さゐのおほきみ)に仕える侍女がいた。侍女の宿直が長く続き、夫に逢えず、恋情高じて本歌を口ずさんだ。王は彼女の宿直をしばし免ぜられた」.

頭注に「筑前國(つくしのみちのくちのくに)志賀島の白水郎(あま)の歌十首」とある。志賀島は金印が出たことで有名。 3860  大君の遣はさなくにさかしらに行きし荒雄ら沖に袖振る       (王之 不遣尓 情進尓 行之荒雄良 奥尓袖振)  「さかしらに」は「利口ぶって」という意味。ここは「男気を出して」という意味。「荒雄」は人名。「ら」は親愛の「ら」。のちに荒雄は沈没する。  「大君がお遣わしになったわけでもないのに、男気を出して海に出たあの人、沖に出て袖を振っていたのに」という歌である。.

万葉集読解・・・243(3838~3854番歌)  頭注に「心をなさない歌二首」とある。「心をなさない」とは「ナンセンス」という意味。 3838  我妹子が額に生ふる双六のことひの牛の鞍の上の瘡       (吾妹兒之 額尓生流 雙六乃 事負乃牛之 倉上之瘡)  「我妹子」は「うちのかかあ」。「双六の」は目のことか。「ことひの牛の」は「雄牛」のこと。額を牛鞍に見立てた。  「うちのかかあのおでこに生えた双六のさいではないが雄牛の角。鞍の上に盛り上がったできもの」という歌である。.

頭注に「或いはいう。平群朝臣(へぐりのあそみ)が嗤へる歌一首」とある。 3842  童ども草はな刈りそ八穂蓼を穂積の朝臣が腋草を刈れ       (小兒等 草者勿苅 釣った魚を料理してくれる店 和歌山 穂積乃阿曽我 腋草乎可礼)  「な刈りそ」は「な~そ」の禁止形。「八穂蓼{やほたで)」のの「八穂」は「多くの」という意味で、蓼はタデ科の辛い草。「蓼食う虫も好き好き」のタデ。「腋草」は「腋毛」のこと。「蓼草」と「腋の臭い」にかけている。  「子らよ。草は刈らなくていいぞ。いっぱい生えているあの穂積のおやじの腋草を刈ったらいい」という歌である。.

頭注に「穂積朝臣(ほづみのあそみ)が応えた歌一首」とある。 3843  いづくにぞま朱掘る岡薦畳平群の朝臣が鼻の上を掘れ       (何所曽 真朱穿岳 薦疊 平群乃阿曽我 鼻上乎穿礼)  「ま朱(そほ)」は前々歌参照。薦畳(こもたたみ)は薦製のむしろ。言い返した歌。池田氏と穂積氏は仲間ないし同族か?。  「どこにあるのかその朱を掘る丘は。じゃなくて、薦畳のような平群の朝臣の鼻の上を掘れ」という歌である。.

頭注に「黒色を嗤へる歌一首」とある。 3844  ぬばたまの斐太の大黒見るごとに巨勢の小黒し思ほゆるかも       (烏玉之 斐太乃大黒 毎見 巨勢乃小黒之 所念可聞)  「ぬばたまの」はお馴染みの枕詞。斐太(ひだ)や(こせ)は人名。。大黒、小黒は両人の顔色。次歌の左注を参照。  「真っ黒な斐太(ひだ)の大黒顔を見るたびに巨勢正月麻呂(こせのむつきまろ)の小黒い顔が思い浮かぶなあ」という歌である。. 頭注に「法師を戯れて嗤へる歌一首」とある。 3846  法師らが鬚の剃り杭馬繋ぎいたくな引きそ法師は泣かむ 岐阜 ハートセンター アブレーション 鬚乃剃杭 馬繋 痛勿引曽 僧半甘)  「鬚の剃り杭」は「そり残した杭のような髭」。「な引きそ」は「な~そ」の禁止形。  「お坊さんがそり残した杭のような髭に馬を繋いで強く引きなさんな。お防さんが泣きなさるからさ」という歌である。.

頭注に「世の無常を厭(いと)える歌二首」とある。 3849  生き死にの二つの海を厭はしみ潮干の山を偲ひつるかも       (生死之 二海乎? 見 潮干乃山乎 之努比鶴鴨)  「偲(しの)ひつるかも」は「思い描いている」という意味である。  「生と死の二つの海が厭(いと)わしいので、潮が干上がった山をいつも思い描いている」という歌である。.

万葉集読解・・・242(3824~3837番歌)  頭注に「長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)の歌八首」とある。3824~3831番歌。 3824  さし鍋に湯沸かせ子ども櫟津の桧橋より来む狐に浴むさむ       (刺名倍尓 湯和可世子等 櫟津乃 桧橋従来許武 狐尓安牟佐武)  「さし鍋」は「柄をもって注ぐ鍋」、片手鍋のようなものか。「子ども」は「子供」のことではなく、有名な63番歌に「いざ子ども早く大和へ大伴の御津の浜松待ち恋ひぬらむ」とある「子ども」と同じ用語。従者や仲間等を指す。櫟津(いちひつ)は奈良県天理市櫟本町(いちのもとちょう)の船着場のこととされる。桧橋(ひばし)はそこに架かっていた橋か?。櫟本町には和爾下神社が鎮座していて、その境内に本歌の歌碑が立っている。  「この片手鍋に湯を沸かせ、みなさん。櫟津(いちひつ)の桧橋(ひばし)よりやってくる狐に浴びせてやろうではないか」という歌である。  左注に大略こうある。「一同が集まって宴を催した。真夜中に狐の声がした。人々は意吉麻呂に、この片手鍋、湯を沸かす器、狐の鳴き声、川、橋等を使って歌作せよと乞うた」とある  宴席での即興歌。.

頭注に「行騰、蔓菁、食薦、屋梁を詠んだ歌」とある。 3825  食薦敷き青菜煮て来む梁にむかばき懸けて休むこの君       (食薦敷 蔓菁煮将来 梁尓 行騰懸而 息此公)  行騰(むかばき)は脚に垂らして覆う用具。蔓菁(あをな)は青菜の総称。食薦(すこも)は食事時の敷物。屋梁(やのうつはり)は天井を支える棟木。  「食事用のむしろに青菜を煮てもってきて下され。棟木にむかばきを掛けて休んでおられるこの君に」という歌である。. 頭注に「香、塔、厠、屎、鮒、奴を詠んだ歌」とある。 3828  香塗れる塔にな寄りそ川隈の屎鮒食めるいたき女奴       (香塗流 塔尓莫依 川隈乃 屎鮒喫有 痛女奴) うまし物 いづくも飽かじを 坂門らが 角のふくれに しぐひあひにけり  「香を塗ったきれいな塔に寄りなさんな。厠のそばを流れる川隅の糞尿にまみれた鮒(ふな)を食べる臭くてたまらない女召使いよ」という歌である。.

頭注に「酢、醤、蒜、鯛、水葱を詠んだ歌」とある。 3829  醤酢に蒜搗きかてて鯛願ふ我れにな見えそ水葱の羹       (醤酢尓 蒜都伎合而 鯛願 吾尓勿所見 水ク乃煮物)  醤(ひしほ)は今日の醤油の元。蒜(ひる)は野蒜(ノビル)のこと。ユリ科の多年草で、その葉や茎を食用にする。「蒜搗きかてて」は「ノビルをつきまぜて」という意味。「な見えそ」は「な~そ」の禁止形。水葱(なぎ)はミズアオイ科の一年草。かっては葉を食用にした。羹(あつもの)は「熱い吸い物」。  「醤油の元や酢に野蒜(ノビル)をつきまぜて鯛(たひ)を願っているこの私に、見せてくれるな、水葱(なぎ)の熱い吸い物を」という歌である。.

頭注に「玉掃、鎌、天木香、棗を詠んだ歌」とある。 3830  玉掃刈り来鎌麻呂むろの木と棗が本とかき掃かむため       (玉掃 苅来鎌麻呂 室乃樹 與棗本 可吉将掃為)  玉掃(たまばはき)はホウキグサの古名。アカザ科の一年草。茎を乾かして箒(ほうき)を作る。天木香(むろ)はネズの古名。ヒノキ科の常緑針葉樹。果実を利尿薬とする。棗(なつめ)はクロウメモドキ科の落葉小高木。果実を食用ないし強壮剤とする。染料にも使われる。鎌麻呂(かままろ)は鎌の擬人化。「むろの木と棗(なつめ)が本(もと)」は「むろとなつめの木の下」という意味。  「玉掃(たまばはき)を刈り取って来いよ、鎌麻呂君。むろとなつめの木の下を箒で掃くから」という歌である。.

頭注に「白鷺が木の枝をくわえて飛ぶ様子を詠んだ歌」とある。 3831  池神の力士舞かも白鷺の桙啄ひ持ちて飛び渡るらむ うまし物 いづくも飽かじを 坂門らが 角のふくれに しぐひあひにけり 力土N可母 白鷺乃 うまし物 いづくも飽かじを 坂門らが 角のふくれに しぐひあひにけり 飛渡良武) しぐひあひににけり  「池神で行われる力士舞なのかな。白鷺(しらさぎ)が枝をくわえて飛んでいくよ」という歌である。  歌の内容から小柄な女を抱えて舞ったものか。長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)の歌はここまで。. 頭注に「忌部首(いむべのおびと)が雑物を詠んだ歌」とある。 3832   からたちと茨刈り除け倉建てむ屎遠くまれ櫛造る刀自       (枳 蕀原苅除曽氣 倉将立 屎遠麻礼 櫛造刀自)  からたちは、ミカン科の落葉低木。茨(いばら)が多い。「屎(くそ)遠くまれ」の「まれ」は「たれよ」ということ。刀自(とじ)は年配の女性。敬称ないし「おばはん」という意味。  「カラタチの茨を刈り取って倉を建てよう。櫛作りのおばはんよ。糞尿は遠くでやってくれよね」という歌である。.

頭注に「境部王(さかひべのおほきみ)が数種の物を詠んだ歌一首」とある。 3833  虎に乗り古屋を越えて青淵に蛟龍捕り来む剣太刀もが       (虎尓乗 古屋乎越而 青淵尓 鮫龍取将来 劒刀毛我)  蛟龍(みづち)は淵に棲む想像上の動物。四つ足を持つ大蛇で龍に似ているという。「剣太刀(つるぎたち)もが」は「剣太刀があったらなあ」という意味。  「虎にまたがり古屋(ふるや)を飛び越えて青い淵に棲む蛟龍(みづち)を生け捕りできる、そんな剣太刀があったらなあ」という歌である。. 頭注に「作者未詳の歌一首」とある。  3834  梨棗黍に粟つぎ延ふ葛の後も逢はむと葵花咲く       (成棗 寸三二粟嗣 延田葛乃 後毛将相跡 いづづくも飽かじを  梨(なし)、棗(なつめ)、黍(きび)、粟(あわ)、葛(くず)、葵(あおい)を詠み込む。  「梨(なし)や棗(なつめ)や黍(きび)に続いて粟(あわ)が実り、葛(くず)が蔓を延ばし、その後も逢いたいと葵(あおい)の花が咲く」という歌である。. 頭注に「新田部親王(にひたべのみこ)に献った歌一首未詳」とある。親王は天武天皇の第七皇子。 3835  勝間田の池は我れ知る蓮なししか言ふ君が鬚なきごとし       (勝間田之 池者我知 蓮無 然言君之 鬚無如之)  「勝間田の池」は所在不詳」。「蓮(はちす)なししか」は「蓮はないのではありませんか」という意味である。  「勝間田の池は私も知っておりますが、あそこにハスがございましたでしょうか。そうおっしゃるあなた様に髭がないようなものですわ」という歌である。  左注に大略こうある。「新田部親王が散策の折、勝間田の池をご覧になり、感動された。ある婦人に、今日も池を見てきたが、水面の蓮の花は輝くように美しかった、と。そこで婦人は戯れにこの歌を作って口ずさんだ」。頭注にある未詳は作者不詳という意味。.

頭注に「椄(ねじ)け人を謗(そし)った歌一首」とある。 3836  奈良山の児手柏の両面にかにもかくにも侫人の伴       (奈良山乃 兒手柏之 兩面尓 左毛右毛 うまし  奈良山は奈良市北方の山。児手柏(このてがしは)は樹木の名らしいが、マツ科かブナ科の木らしいが不確定。幼児の手のように両面がはっきりしない葉の樹木のようである。椄人(ねぢけびと)は「へつらう人」。  「奈良山の児手柏(このてがしは)のように、ああとも、そうとも相づち打ってへつらってばかりいる輩」という歌である。  左注に「博士消奈行文大夫(せなのぎやうもんのまへつきみ)作」とある。.

頭注に「前歌に答えた歌一首」とある。 3815  白玉の緒絶えはまことしかれどもその緒また貫き人持ち去にけり       (白玉之 緒絶者信 雖然 其緒又貫 人持去家有)  平明歌。  「真珠の紐が切れたことはそのとおりなんですが、別の人が紐を通して持ち去りました」という歌である。  左注に「昔、娘子がいた。彼女は夫に見捨てられたので、改めて別の家に嫁いだ。男はそれと知らず、歌を作って父母に贈った。父母はその事情を歌にして返事を行った」とある。. 頭注に「穂積親王(ほづみのみこ)の御歌一首」とある。穂積親王は天武天皇の皇子。 3816  家にありし櫃にかぎさしおさめてし恋の奴のつかみかかりて       (家尓有之 櫃尓カ刺 蔵而師 戀乃奴之 束見懸而)  櫃(ひつ)は大型の箱。本歌は宴会の際好んで口ずさまれたという。  「家にある櫃(ひつ)に蔵(しま)っておいた恋の奴めがつかみかかってきおって」という歌である。. 頭注に「兒部女王(こべのおほきみ)があざけり笑って詠った一首」とある。 3821  うましものいづく飽かじをさかとらが角のふくれにしぐひ合ひにけむ       (美麗物 何所不飽矣 坂門等之 永井先生の働きたくないよラジオ  「うましもの」は原文に「美麗物」とあるように「美しい女性」のこと。「いづく飽かじを」は「どんな相手(男)とも」という意味。「さかとら」は「尺度(さかとら)氏の娘子」を指す。「角のふくれにし」は強意の「し」。結句の「ぐひ合ひにけむ」は「情交を交わした」という意味か?。 「美しい女だもの、どんな相手だって結婚できるのに。尺度(さかとら)の娘は、よりによって角ぶくれのような醜男と情交を通じるなんて」という歌である。  左注に「尺度(さかとら)氏の娘子(をとめ)は身分の高い男の求婚を拒み、身分の低い醜男と結婚した。そこで、兒部女王はその愚をあざけり笑って作った歌」とある。    頭注に「古歌にいう」とある。 3822  橘の寺の長屋に我が率寝し童女放髪は髪上げつらむか       (橘 寺之長屋尓 吾率宿之 日光江戸村 屋内 髪上都良武可)  橘寺は奈良県明日香村の村役場の近くにある寺。「率寝(いね)し」は「連れてきて」という意味。「童女放髪(うなゐはなり)」は童女の髪型。放髪は髪を束ねずに首筋で切りそろえる。「髪上げつらむか」はしたがって「成人しただろうか」という意味になる。  「橘寺の長屋に私が連れてきた、あの放髪の童女は今頃成人しただろうか」という歌である。  左注に「椎野連長年(しびののむらじながとし)が歌を見て言った。「寺の長屋は俗人が寝る所ではない。放髪は髪上げした成人女性に使う言葉なので結句と重複して使うべきではない」とある。この注は「放髪も髪上げ」もごっちゃにした妙な注である。.

頭注に「正しくはこの歌という」とある。 3823  橘の照れる長屋に我が率ねし童女放髪に髪上げつらむか       (橘之 光有長屋尓 吾率宿之 宇奈為放尓 髪擧都良武香)  前歌に比べ、「寺」の代わりに「照れる」となっている。  「橘が照る長屋に私は連れてきた、あの放髪の童女は今頃成人しただろうか」という歌である。             (2016年8月15日記、2019年4月4日).


横浜で...昼間の住宅火災 近所が気付けない理由は うまし物 いづくも飽かじを 坂門らが 角のふくれに しぐひあひにけむ[巻第十六 ] (いい物は 誰も嫌がらないだろうに 坂門の娘は 角のデブなんぞに くっついたんだろう) また正月にはみんな集まってくるのはこの頃も同じのようで  · うましものいづくも飽かじを坂門(さかと)らが角(つの)のふくれにしぐひあひにけむ児部女王(こべのおおきみ)良いものはどこでも飽きられないのに何だってまた坂門の家のあの子は角の家の醜男(ぶおとこ)なんかと結婚してしまったのだろう久しぶりの万葉集のシリーズです。  · うましものいづく飽かじをさかとらが角のふくれにしぐひ合ひにけむ (美麗物 何所不飽矣 坂門等之 角乃布久礼尓四 具比相尓計六) 「うましもの」は原文に「美麗物」とあるように「美しい女性」のこと。 約語収録の古語辞典。助動詞の活用から古典の用例の翻訳まで解説するオンラインの古文辞書サービス  · うまし物 いづくも飽かじを 坂門らが 角のふくれに しぐひあひにけむ[巻第十六 ] (いい物は 誰も嫌がらないだろうに 坂門の娘は 角のデブなんぞに くっついたんだろう) また正月にはみんな集まってくるのはこの頃も同じのようで 平城京の時代から鰻って夏バテに良いって言われてたんですね. それを歌にして届けるって粋だなぁ. 『うまし物 いづくも飽かじを 坂門らが. 角のふくれに しぐひあひにけり』. 「素敵なものは誰だって飽きないのに、. なんであの人(イケメンで金持ちの求婚を断って)貧乏なブサイクと結婚したのかしら」. なんて超下世話な歌もあるし笑. それわざわざ歌にする ()「かほよきはいづくも飽かじを坂門らが角のふくれにしぐひ(四具比)あひにけむ」の終句の「しぐひ(四具比)」は、語義未詳です。 この「しぐひ」は、  · 美麗物 何所不飽矣 坂門等之 角乃布久礼尓 四具比相尓計六: 訓読: うましものいづく飽かじをさかとらが角のふくれにしぐひ合ひにけむ: かな: うましもの いづくあかじを さかとらが つののふくれに しぐひあひにけむ: 英語(ローマ字) ※万葉(8C後)一六・三八二一「美麗物(うましもの)いづく飽(あ)かじを尺度(さかと)らが角(つの)のふくれにしぐひ逢ひにけむ」 出典 精選版 日本国語大辞典 精選版 日本国語大辞典について 情報  · 集歌 美麗物 何所不飽矣 坂門等之 角乃布久礼尓 四具比相尓計六 訓読 美麗(うま)しものいづく飽(あ)かじを尺度(さかと)らが角(つの)のふくれに四隅(しぐふ)相にけむ

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